素直であるということ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

スピリチュアルなことでも、自己啓発的なことでも良いのだが、それらに嵌っている人たちがよく言うこと。

素直にやってみる」「素直に受け入れる

これは、一見正しい。
だが、インチキカルトの教祖や、金目的の自己啓発セミナーなんかでは、この言葉を都合良く、相手を操作するために使う。

素直≠盲目的信頼

である。素直であるということは、自分の思い込みや過去のしがらみから「自由になる」ということだ。

何となく、素直ではない=悪いこと のようなイメージがあるから、他人から「素直じゃない」と言われると、心が揺らぐのだ。
例えば、変な教えに対して、ちょっと疑問を持つと「素直じゃない」と言われる。
そうすると、「素直に受け入れた自分は良い人」という意識が働く。

あるいは、自分もちょっと疑問を感じながらも、周りの人に対して「素直に受け入れてみなよ」などと言う。
人の心は、「一貫性」を好むので、他人に対して発した自分の言葉が自分自身を縛り始める。

素直という言葉によって、自分自身を縛り付け、人を見る目を曇らせていくのだ。
がんじがらめに自分自身を縛り付け、自由を奪われた人たちは、目に見えた事実をそのまま受け入れることができず、自分の都合の良いように、短絡的な判断をし始める。

NLPでは、

The map is not the territory.(地図は土地ではない)

という有名な言葉がある。
我々が見ている世界は、世界そのものではなく、それまで培われた価値観や世界観によって形作られている。

それらの価値観から解放され、事実をありのままに見るということが「素直」ということであって、「誰かの都合の良い世界観に自分の価値観を合わせること」が素直ということではないのだ。

自分を取り巻く世界の声に耳を傾けること。
これが「素直」ということ。

頭ごなしに疑わず、決めつけず、しかし盲目的に信用もせず、自分の頭と心で判断する。
それが「素直」ということ。

四つ葉のクローバー

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学・思想情報へ
にほんブログ村